・第2話 苦労した1年目
安達(A):それにしても、自分の塾を作るとなると多額の開業資金とか準備期間が必要になりますよね。その辺はどうされたのですか。
長山(N):開業資金は、母名義の預金の半分を遺産相続したものを活用しました。一戸建ての家が一軒新築できるくらいの額がありましたかね。
父にこのお金で塾を始めてよいか相談したところ、許可が出たため、塾を始める決心をしました。
しかし、具体的なプランは全くなかったため、1年間を準備期間とし、プランを練りました。個別専門塾で勤務を続けながら、自腹で塾経営セミナーに参加し、情報を得たりもしましたね。
(A):2005年6月にこのような立地条件のよいところに開校なさったのですね。わずか2~3か月で開校準備をすますのはなかなか大変でなかったですか。
(N):2月一杯までは元の職場で生徒の受験指導があり、仕事と並行して準備をすることなど、全くできなかったですね。
そのため、公立高入試を終えてから退職し、現在地のテナント契約をし、入居するというありさまでしたよ。
3月~4月は人の動く期間であり、新規開設なら必死に宣伝をしなければならない時期に、間取りを考えていたり、教室で使う家具や備品を買い揃えていたんです。
一人の知り合いもいない場所に乗り込んでの開設なのに、なぜか根拠のない自信を持っていましたね。
実は、吉備システム(Super学習メビウス)などを導入しており、これらが画期的な秘密兵器だと思っていたのです。
(A):メビウスと言いますと、もちろんウルトラマンではなく(笑)、e-トレみたいなティーチングシステムですか。
(N):ええ、そうですよ。この画面(左図)のようにPCを通して、個々の生徒に合わせたプリント教材を出力できます。このようなメニューから、生徒ごとに必要な教材を選ぶことができるのです。
『これさえあれば、時期はずれだろうと何だろうと人は集まってくる。絶対成功しますよ。』
という吉備システム販売社長の言葉を何の疑いもなく信じてしまいましたね。思えば、これが大きな間違いだったんですけど…。
(A):生徒募集は順調に進んだのですか。僕の感覚では、6月という時期は中途半端なので、けっこう大変だったのではないかと…。
(N):すべてがそろい、宣伝活動を開始したのはGW明けからです。
6月1日の新規開講を目指し、宣伝活動を開始するも、約1万枚のチラシを折り込んでも、初回は電話が一本もならず大きなショックを受けましたね~。
(A):えっ!そんな状況だったんですか。では、いつ頃に入塾希望があったのですか。
(N):確か、3回目くらいだったと思いますが、チラシのキャッチコピーを新規開講から期末試験対策講座実施に変えてやっと2人の講座生の応募がありました。
記念すべき第1号の生徒は、中2の女の子で、科目は英数でした。
この頃の私は英語の指導にあまり自身がなかったため、迷わず、吉備システムの中に登載されているパック問題を出力してやらせました。
結果、印象は最悪。
すごく期待していた親子の期待を見事に裏切り、生徒の母から一言。
「他の塾とやり方が違って、娘がわかりにくいと言っている。」
契約期間中はいちおう通ってくれたが、継続はしなかったですね。最終日にお礼の電話を入れると、母親から一言。
『お宅ダメですよ・・・・。』
頭をたたき割られた様なショックを受けました。機械に頼ろうとした私の罪だったのです。
もう一人の男子は理科だったため、継続はしなかったのですが、夏期講習を申し込んでくれました。結局、この子が塾生第1号になったのです。
(A):その後、1年目の運営はいかがでしたか。どうしても、開業1年目というのは苦労ばかりが多く、経営的にも苦しいというのが一般的ですが…。
(N):その後も宣伝をつづけますが、結局、映像授業をメインにした宣伝で申し込んだ生徒は0名という状況でした。
「やはり自分で授業をやらなければダメだ。」
と当初のプランをすべて放り出し、サービスの中身を最初から作り直しました。夏期講習には他に2名の申し込み(中1・1名、中3・1名)があり、初年度の夏は3名で夏期講習を実施しました。
しかし、無駄に宣伝活動を行っていたため経費がかさみ、毎月40万円程度の赤字経営が続きましたね。
休み明けの生徒数は3名です(中1・2名、中2・1名)。資金もどんどん減り、9月までに半分くらいになってしまいました。
『このまま行くと1年で資金が尽きてしまう。』
と中間試験対策の宣伝を打ちます。その結果、2名の外部生が集まりました。3人の塾生、それと2名の外部生に必死に試験対策の授業をし、その結果成績が大幅アップして生徒および親御さんから喜ばれました。
その後、11月に中3生がよその塾から転塾してきて、塾生4名、冬休み明けに講座生が1名入塾。初年度の在籍数は5名で終わりました。
正直、資金は4分の1くらいに減っていました。このまま生徒が集まらなければ、翌年の9月に廃業しなければならない状況まで追い込まれたのです…。
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ここまでのお話を聞く限り、0から塾を立ち上げるのはかなり難しいということが実感できます。もし、自分の地盤地域での開業であれば、ここまでの苦労はなかったかも知れません。
しかし、元の職場から独立なさった方が旧来の地盤で開業する場合、さまざまなトラブル(訴訟など)に巻き込まれたケースも多々あります。
実際、岩見沢市にかつて存在したM塾などは、経営者が元勤めていた大手塾との間に、大きなトラブルや妨害活動が発生し、経営的に苦しんで廃業したそうです。
そういう意味では、長山先生の選択は正しかったとも言えるでしょう。もちろん、次年度からStudy Gymの新たなる挑戦が始まっていきます……。
(つづく) 次回は、基礎を作った2年目のお話です。
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