さて、僕(釧路校)も前任の藤井(旭川校)も出身大学は北海道教育大学だったのですが、キャンパスのムードを比較する限り、同じ大学とはいえないくらい雰囲気に違いがありました。
僕の通っていた釧路校の場合、当時は共産党系の思想に満ちた学生自治会があり、社会科系の教職員もその活動を支持していた節があります。
以下は、サークル時代の先輩の方に聞いた話です。
僕が入学する2年ほど前の寮祭(釧路校の寮生は、学生自治会の影響が強かった)の行燈行列で、「有事立法反対!有事立法反対!」とわめきながら市内を行進する姿を見て、恥ずかしいやら呆れるやらで、怒りを覚えたそうです。
また、月1回ごとに各研究室に学生自治会員出向いて行う思想アピール会も、まさにそれ系で、ひどかったそうです。
1978年頃に持ち上がっていた“有事立法問題”とは、旧ソ連軍侵攻の懸念から再燃した有事法制(三矢研究)問題に端を発し、更に、当時の統合幕僚会議議長による発言の中で、「現行では有事に際して自衛隊は超法規的措置をとらざるを得ない。」という超法規的措置を許容する趣旨の発言が波紋を呼び、発言撤回がなかったため、野党の批判を呼び、罷免されるということが起き、賛否両論を招きながら世論を騒がせた問題です。
先輩の主張は「刃物を持った泥棒が家に入ろうとしているのに気がついていて、家の中に実際に侵入するまで、何もしない人はいない。国家がそのような立場をとるのは当たり前のことだ。」というスタンスでしたので、自治会員とは真っ向対立したそうで、先輩の研究室には、常に自治会一の論客が配置されていたそうです。
また、先輩は一般教養“憲法”の授業において、ペーパーテストがほぼ満点であったにもかかわらず、レポートで憲法9条改正を容認する内容を書いたため、優・良・可の可の評価を付けられたとも言っていました。
ここからもわかると思いますが、釧路校は共産思想の温床ともいうべきところだったのです。
旭川校は、そこまでひどくはなかったそうですが、それでも旧社会党系と共産党系の両派が混在し、指導者間での対立は多かったとのことです。
そこで、北海道教育大学出身者が主導する労働組合が出来上がると、どういう思想傾向になるかは想像はつきましね。結果的に、左よりの考えを持つ教員が多く存在することになるのです。
ここで、小中学校の教員組合に関してご説明しますと、実は北教組(北海道教職員組合)と道教組(全北海道教職員組合)の2つの労働組合が存在しています。
組合員の数は北教組が約1万9000人(教員の約40%)、道教組が約1500人と圧倒的に北教組の方が多いのですが、地域によって勢力比率はかなり異なります。
たとえば宗谷管内はほぼ道教組系に占められていたり、釧路・根室・檜山管内などは、北教組:道教組=1:1と拮抗しています。
この2つの組合は、1989年までは1つだったのですが、連合加盟を承認する際に、共産党系の組合員が異を唱えて分裂したという経緯があります(完全に、分離したわけではなく現北教組内にも共産党系の思想をもつ者は現存している)。
ここで、ある事実が浮かび上がってきます。前々回掲載した、教育出版採択偏重地域のほとんどは、道教組が強く、旭川閥・釧路閥の勢力下の地域が多いということです。
偶然の一致のようにも思えますが、ある根拠をもとにして、その因果関係を次回ご説明いたします。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
〇『塾・予備校ブログ』を応援よろしくお願いします!
※部門1位を目指しています(現在3位)。ご協力をポチっとな。