(2)教育現場の教師と講師という観点
◎明石教授
現場の教師に与える悪影響が懸念されます。現状に問題があるなら、まず教師に何ができるか考えるべきです。その積み重ねが十分だったのか。校内研修によって講師の力量を高めたり、地域ボランティアの力を借りたりすることもできたかもしれません。「受験指導は塾に頼もう」と導入したのなら、現場に無力感が広まるだけです。
◎伊藤会長
塾の講師は、生徒を教えるため年間50~100校の高校入試問題を解いており、学校教諭に比べて圧倒的に訓練されています。磨けば光る生徒を、そこそこで高校へ送り出してしまうのは、同じ教師として残念なことです。多忙な小中学校の先生に、あらゆるレベルの成績の子供の成績を伸ばせというのが難しいなら、できない部分は民間に任せるべきです。
◎筆者より
明石教授の言う「教師が何をできるかを考えるべき」というのは、塾が隆盛化してきた30年ほど前に思いつかねばならない発想だったのではないでしょうか。
プロフィールにも書かせていただきましたように、私には中学校での臨教経験があります。赴任先が小規模校であったため、免許外教科の数学を突然担当することになり、授業の空き時間を予習に充てていました。そのとき、先輩の教諭から言われた言葉は今も脳裏に焼き付いています。
「何もそんなに一生懸命にやらなくてもいいんだよ。生徒だって担当する先生さえいればいいんだから。それに、わからなかったら塾で聞くからね。」
20年ほど前のことです……。この言葉が私を私教育へと導いたきっかけです。
学校組織において、授業が分からなかったからといって翌日から学校がなくなるということはありませんが、塾で同様なことがあれば即時倒産です。伊藤会長の言葉通り、塾の講師は自らの指導力を常に鍛えていなければ失職するという危機を日々自覚しながら業務を遂行しています。
学校の教員がさぼっているとまでは言いませんが、指導以外の業務が多すぎて、自らの教務力を高めること自体、今も昔も難しいことに変化はありません。
できないことをできないと認めるのは、大変な勇気がいります。しかし、学校教員の方々にはできないことを認める勇気をだしてほしいものです。「吹きこぼれ」「落ちこぼれ」の対応を私教育に任せたとしても、結果的に生徒のためになるのであればよいのではないでしょうか。
誤解のないように記載しますが、私は塾の講師のほうが有能と言っているわけではありません。塾の講師は単なる教科指導のスペシャリストであって、生徒の総合対応のゼネラリストはやはり学校教員であると思います。生徒指導・生徒管理はどう考えても塾講師より学校教員のほうが勝っています。
サッカーチームが勝利するためには、11人のプレイヤーがFW、MF、DF、GKと役割を分担し、時には足りない部分を補いながら戦うのが当たり前ですね。学校教員と塾講師は、生徒の未来を担う1つのチームと考えてはどうでしょうか。
社会が教育者に求めるのは、この世界の未来を良い方向に導ける人材をどれだけ多く輩出するかということです。過程はどうであれ、結果が伴うのであれば現状の中でよい方法を模索するのは大切です。
学校教員と塾講師がつまらぬプライドを捨てて最善策を考える機会が、この夜スペでないでしょうか。