2003年春。この時期は、2年後のS英予備校開設程ではなかったのですが、札幌市内の塾関係者に激震が走った事件がありました。
何が起きたかというと、集団指導の覇者として道内に君臨してきた大手R会「円周率」とHZ会「S個別指導」が、札幌市内に個別指導塾を立ち上げたのです。
それまでの札幌市内の個別指導塾というとE光ゼミナール、能開センターなどの本州資本の塾、自立学習塾のような札幌圏のみ展開の塾や個人塾、そしてM光義塾のようなFC塾によって市場を占有していました。そこに、道内大手2塾が参入してきたわけですから、各塾ともその対抗策を検討して行動せざるを得なくなったのです。
以前に記載したE光ゼミナール北海道の無謀な教室展開もこの時期に呼応して開始され、自立学習塾も教室増の道を選択しています。
大手塾の参入前に、核となる地域を抑える戦略を各塾とも執ってきたわけなのですが……。
FC塾は、それぞれの教室の経営者が異なりますので、そのような戦略を共同で立案することは、まずあり得ません。現に、多くのFC塾は自教室を守るために内部指導を固める方向を選択して対抗していきます。
ところが、この時期を境にM光義塾も札幌圏の教室数が増加し始めます。そんなにつごうよく、FC塾のオーナーが見つかるわけがないので、いったい何があったのかと調べてみたところ、意外なことがわかりました。
実は2003年春、M光義塾は北海道事業部を開設しています。つまり、この時期以降に開設した教室はFCばかりではなく、M光ネットワークの直営教室もかなり含まれているのです。
「そういうことか…」、納得しました。
この2003年の3社の個別指導塾開設の動きは、偶然ではなく、互いの対抗意識がもたらしたものだったのです。
このHZ会、R会、M光のなかで、最も動きが後発であったのはHZ会であることははっきりしていますが、残り2社のどっちが先だったのかははっきりしてはいません。
R会の個別指導に関しては、2000年頃に一部社員から稟議書が上がっていた事実があるので、その時期から計画されていたのかもしれませんが、R会代表の性格上、一大プロジェクトを何年もかけて準備することは考えにくいことです。
もしやるなら御膝元の帯広で実験的に開設するのが、高等部“Gゼミナール”の時と同じ常套手段だったでしょう。
私の推測ですが、まずM光義塾北海道事業部設立が先行し、それに対抗するためにR会が「円周率」を札幌圏で開設する準備を開始したと考えています。
根拠としては、R会「円周率」の教室環境を理由にあげます。全道的に見て、R会の教室の自社物件比率は、HZ会のそれをはるかに上回っています。
塾のイメージを教室環境からつくるR会が、「円周率」に関しては自社物件0で10教室以上を開設したのは、早急に設定する必要があったからではないでしょうか。
また、初期に開校した地域が、グループ企業“Sセミナー”の教室がある地域を微妙に避けているのも不思議な話です。おそらく、R会とSセミナーで細部を煮詰めることなく「円周率」を開設したのではないでしょうか。
M光義塾が北海道に本格的に進出してきたことが、地元2大手塾を動かしたとすると、その後の北海道塾業界の流れはある程度、合点が行きます。
個別指導部門開設で失敗したのは、HZ会の方でした。それが2年後のS英進出時の糧となり、対抗策を講じることができたと考えられます。
逆にR会グループは、S英対策の前面にSセミナーが立つことになり、痛手を受けます。その流れは、すでに2年前にできていたということなのでしょう。
では、次回はM光義塾に関して…。
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