さて、今回は僚友サイト“羊蹄学園大学社会学部講義集”とのコラボ企画、私教育対論です。一見、同じことを主張しているように見える2つのサイトですが、根本の部分に違いがあります。まあ、読み比べてみてください。
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(1)羊蹄学園大学より
かつての日本の教育は概ね公教育の元、学校を基軸に地域・家庭がスクラムを組んでいました。隙間ができれば行政がそれを埋める努力をしてきました。
言うなれば教育とは
「社会全体でなす、永続的な壮大な未来をつくる事業」
なわけです。
ところが高度経済成長の進展は社会全体の変容、多様化、複雑さを招き、従来のスクラム体制ではカバー仕切れなくなりました。
そのカバーに学習塾などの私教育が入り込み、今では隆盛を極めている、と考えます。
つまり、スクラム体制が機能不全になればなるほど私教育がクローズアップされるわけです。
じゃあ私教育の隆盛で万事大丈夫かとなればそうではない。それ以前に従来のスクラム体制、ひいては社会の機能不全が良いわけがないでしょう。
そもそも私教育の隆盛になぜ疑問符をつけるのか。それは「教育」と言っても結局は資本主義における営利営業活動だからです。
ということはそこにいる子供たちがどうであっても経営が傾けば、後継者がいなければ、都合で辞めることが十分有りうるため、ひいては冒頭でお話しした「社会全体でなす、永続的な壮大な未来をつくる事業」になじまないのではないかと考えるからです。
ただ勘違いしてほしくないのは、だからといって早急な私教育粉砕を唱えるわけではありません。公教育も家庭も地域も、なにより教育行政が機能不全を起こしている今、この私教育隆盛の現状は認めなくてはなりません。
私教育の現場で多くの方が日々研鑽していることも私は知っていますし、その姿には頭が下がる思いです。
しかし、教育現場で次世代を担う人材に夢や希望を語られる以上、私教育があるからまぁいいやと認めて終わるのでなく、果たしてこれでいいのかと、夢のような話であっても健全な私教育に頼らない社会をつくる努力が必要です。
(2)北海道の私教育より
かねてから申し上げていることの繰り返しになりますが、北海道の公教育は、自己保身のみを考える教員の巣窟となっています。その原因となっているのは、無論、北教組の存在です。先月辞任した、N山元国交相の言葉を借りるまでもなく、組合の影響の強い地域における、教員の堕落は目を覆いたくなるばかりです。
そういった情けない教育事情を補完してきたのが、家庭教師や塾といった私教育の存在です。私達は、「教育の機会均等」の真の担い手は私教育であったと考えています。
HZ会のH井代表も、R会のO山会長も塾を起業したきっかけは、家庭教師としての指導や教育理念が評価され、父母からの後押しがあったためと聞いてます。
しかし、それらの大手塾は、創業時の崇高な志を忘れ去り、営利のために子供たちを利用する心貧しい経営者へと成り下がっています。
大手塾間の激しいまでの口撃合戦は、全道のどの地区でも噂になっています。未来を担う子供たちを通じて、そのような汚いことをするようでは、業界全体への信頼も損ねます。
また、企業エゴのため中小の塾への妨害も多いと聞きます。大手塾は本来、業界をリードすべき存在であるはずなのに、その責任を全うしていない。残念なことです。
こういった塾の存在が、多くの塾否定論者の格好の攻撃材料となる現状は悲しいことです。義家弘介のように、大手塾に勤務した経験のある者ですら、否定に回っています。
「悪貨は良貨を駆逐する」
これが、北海道の塾業界の現状でないでしょうか。
では、大手塾は、学校教育とも敵対しているかというとそうではありません。敵視はしていても、迎合しながら共存の道を歩んでいるというのが現状でしょう。
塾の評価の指針である合格実績に関しても、進路指導自体が中学校の言うがままになっているようでは、何のため塾を起業したのか理解できません。結局のところ、如何に指導要領に異を唱えるような広告アピールをしようとも、学校教育がなければ何もできない。悲しいことです。
しかし、本来の趣旨である公教育に襟を正すべく行動する塾が北海道には近年増えてきています。生徒の未来に対する指針を与えることができ、学校教育の補習的指導にとどまらずに知的好奇心を育む塾。
そういった塾が台頭することは、北海道の塾業界とって非常によいことです。悪貨を駆逐する良貨が評価される時代、2010年代の塾業界に望むことです。
それが達成されたとき、真の意味での公教育と私教育の連携が生まれるのではないでしょうか。互いに邪魔な存在としていがみ合うのではなく、子供たち一人一人を両面から育む存在、これが本当の意味での両輪となるでしょう。
残念ながら、公教育が大きく改革される事は20年経っても無理だと思います。しかし、私教育は変革が早いのです。今までは、公あって私だったかもしれませんが、それはいずれ逆転するでしょう。
ただし、私教育は公教育を蔑むようなまねはしません。両輪という意味を理解している塾だけが生き残るからです。そのような塾同士が切磋琢磨しながら向上していく。もうそういう時代は、ドアを開こうとしているのです。
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長きにわたって、両サイトを読み比べている方々であれば、今回の対論は意見要約のように思えるかもしれません。
ただ、今後の日本の教育、北海道の教育というのはどうあるべきなのか。公と私の両面に問題をはらんでいるということは、どう改善すればよいのか。そういった問題提起の場として捉えていただければよいと思います。
今回の対論の描く教育の未来像は、この文章を読んで頂いている学校教育・私教育の関係者によって方向性が決まるでしょう。
よい未来を構築できるよう、よろしくお願いします。
なお、今回のブログにはコメント欄をつけますので、ご意見・感想・次回の対論への希望テーマなどを書いて頂ければ幸いです(この企画が、またあるかどうかは不明ですが)。
※↓「羊蹄学園大学社会学部講義集」さんはどうまとめたのでしょう?知りたい方は!
〇次回8.5章のラスト(82)は、相棒のA君による私塾の勉強会“北海道「志」大学”リポートです。11月20日(木)10:00掲載予定になっています。
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塾には大きく分けて2通りあると考えています。
一つは、進学に特化した進学塾、もう一つは学校の補習をしつつ学力を伸ばす補習塾。
残念ながら北海道は公教育が廃れていますので、進学塾と呼べる塾は無いのではないかと思います。
補習塾である大手の塾はありますよね。青い看板や赤い看板の。
管理人様のおっしゃっていることと近く、私は理想は公教育でできることは公教育で行うべきであると昔から考えております。
極論をいえば、公教育さえしっかりしていれば、補習塾なんか要らないとさえ思っています。
しかし、それはよほどのことが無い限り実現しないでしょう。良くて管理人様の考えておられるスクラムまでかと思います。
私的教育機関である以上、営利目的ですから利益が出ないことには話しになりません。
しかし、大手塾はいまは目先の利益、合格実績にしか目を向けれていないのが現実かとおもいます。
生徒の成績を第一にした、真の学習塾が台頭してきていただきたいと、私も思っております。
投稿情報: E.M | 2008年11 月19日 (水) 00:16
E.Mさま、書き込みありがとうございました。
当HPも私教育がよりよい方向へ進むための提言を今後とも継続していきます。
投稿情報: 管理人 | 2008年11 月23日 (日) 02:38