そもそも北海道の2大手塾にとって、「中学受験クラス」はそれほど重視して考える部門ではありませんでした。と言うよりもまったく不要といってもよいでしょう。
HZ会とR会グループのシェア戦争が激しくなった85年ごろは、まだまだ力のある中高一貫校は誕生していません。せいぜい、藤女子中高、北星女子、函館遺愛くらいで、子供に高校受験にプレッシャーをかけさせないようと考える親たちが志望させるお嬢様学校くらいのものでした。
しかし、その時期から合格実績を競い合っていた学校があります。札幌・旭川・函館・釧路の教育大附属中学校です。つまり2大手塾にとって、中学受験クラス=附属中受験クラスという位置づけであったのです。
教育大附属中学は、国立の学校です。すなわち、受験はあれども学習指導要領を逸脱した範囲での入試問題にはなりません。教科書指導を充実させれば合格できる程度の指導でもよかったわけです。
R会グループは2000年頃には小学生の塾継続生の実数がHZ会をぬいて全道NO.1になっています。しかし、その大多数は教科書指導を充実させたクラスか英語の先行学習をするクラスの生徒です。ですから、教育大附属中の受験には「選抜クラス」の授業のみで対応していました。
育伸社や教育開発などの市販テキストの表紙を差し替えただけの教科書準拠テキストを、あたかもオリジナルテキストのように使って、学校進度にそった内容のみを指導するだけで、中学受験をクリアーしたと実績発表していたということです。
その後、北嶺中や函館ラ・サール中などの大学受験をターゲットにした私立中高一貫校が95年頃に設立されていきますが、HZ会がある程度の受験対応クラスを創設したのに対し、R会グループはほぼ無策の状態が10年近く続きます。
今春の中学受験合格実績を見ても、HZ会の方が圧倒的に合格者を輩出しているわけですから、いかに小学生塾継続生数NO.1でも、内情は寒いといわざるを得ません。
第4章の高校生指導と同様に、R会グループは中学受験指導に関しても自塾でのシステム構築を放棄して(株)ナガセ傘下になった四谷大塚NETを取り入れたということでしょう。
大手塾が中学受験クラスに長らく関心がなかったのはなぜかというと、次の点が考察できます。
(1)塾継続生の主力が中学生であったこと。
→小学生クラスを設定する理由は、当時から危惧されていた少子化問題に対応するために、早いうちから中学生での塾継続生を確保するためにすぎなかった。そのため、公立中学校へ進学する層への指導をするクラスの生徒からの受講紹介などを促進する指導に重点を置いていたためであろう。
(2)私立中学に進学する生徒を軽視していた。
→(1)の背景通りで考えると、私立中学に進学した生徒は中学部の塾継続生にできないためである。私立中学は、カリキュラムが公立中学とは大きく異なるので、大手塾の集団クラスでの受講はほぼ不可能である。そのため持ち上がりにはならない中学受験を志望する生徒への指導は、塾継続生確保にはつながらないと判断したのであろう。
(3)地域の保護者層が中学受験に関心がなかった。
→中高一貫校の分布が札幌圏・函館市に偏っていることが理由である。その他の地域では中1から寮生活を強いるような進学を親が望んでいない傾向が強い。一人っ子を早いうちから手を離すことには抵抗が強いのであろう。
上記の(3)に関しては、HZ会とR会では事情がかなり違います。札幌圏が主力のHZ会は、中学受験クラスを設定しなければ塾としての威信にかかわります。そのため、中学受験をターゲットにしたクラスを早い段階でたちあげるのです。
しかしR会グループは、帯広に本社があり、Sセミナー以外は道内の地方都市での展開です。つまり受験に関心のない地域での指導ばかりであったため、システムの構築すらできなかったのです。
教育大附属中以外での受験ニーズのある函館や北見の講師達は、システム構築を要望していたらしいですが、本部はまったく取り合わなかったと友人は言っていました。
中学受験をコースとして設定したHZ会は、北嶺中や慶祥中などの上位校にも実績を積み上げる指導を構築することにまずは成功したようです。
私が家庭教師で指導している北嶺中の生徒は小4~6までの3年間、HZ会で受験指導を受けていました。彼に聞くと、その当時の指導は不満はなく普通に課題をこなしていたら合格したとのことです。
本社がどこであったかというだけで、大きく方向性が変わった2大手塾は、今後どのように中学受験塾戦争をするのでしょう?……