ここ10~20年の間において、塾で起きた不祥事の情報は、大手塾に限っただけでも20件以上も私に情報として伝わっています。最近10年に限っても、次のようなことがあったそうです。
- 講習会授業打ち上げの「飲み会」で午前5時ごろまで飲酒していた社員が自動車を運転して帰る途中に事故を起こし、同乗の女性(社員ではない)とともに即死。(道南地区)
- 既婚社員が中学生の生徒と恋仲になり、毎授業ごとに居残りをさせて、スキンシップ(みだらな行為の直前まで)を図っていた。親が娘の日記を見て発覚。(道北地区)
- 契約社員が個別指導の高校の女生徒に対し、毎回わいせつな行為を繰り返したため、警察が強制捜査をしてその契約社員が逮捕された。(道央地区)
- アルバイト学生が中学の卒業式を終えたばかりの女生徒と恋仲になり、3月からみだらな行為を繰り返していた。(全道で多数)※うち何例かは女生徒の妊娠にまで発展し、示談となっている。
- 1生徒に対して、社員およびアルバイト講師がいじめを増長する発言を繰り返し、親からのクレームとなった。(全道で多数)※うち何例かは示談となって、塾側が示談金を支払っている。
- 経営責任者の指示のもと、電柱に違法な看板を設置する行為を社員が行っていた。(道央・道南・道東地区)
※その他、収賄や横領などを行った社員をまったく処分しないケースもあったそうです。
なぜ、このような不祥事が繰り返されるのかというと、そこには塾の指導スタッフに対する誤った姿勢が反映されているからなのです。HPでできる限り調べた結果、社員の平均年齢は25~33歳という塾がほとんどでした。
HZ会あたりは中途採用の場合、上限は28歳、R会グループでも35歳(一時期40歳というのもあったが)、経験があれば年齢不問で採用するところは皆無です。つまり、塾の講師をするためには、若さが必要と考えているからです。塾ごとにいろいろな言い分があるようですが、だいたい次の内容に集約されます。
- 学校教育の問題点の1つを塾側が「生徒とのコミュニケーション不足」と考え、年齢の近い若い講師を登用したがる。学生アルバイトを多用するのも、生徒とのコミュがはかりやすいことが理由。
- 塾講師の練度は、経験年数が5年以上になればほぼ大きな進展がなくなること。教科指導能力はほぼ横這いになるのに対し、生徒とのコミュニケーション能力は年齢とともに低下すると塾を経営する企業の大多数は考えている。
- 同レベルの教科指導能力であれば、若い人材のほうが人件費がかからない。また、管理職でない35歳以上の講師は、たたき上げ・中途採用を問わず柔軟性が欠けるので、あつかいにくい。
人事考課の問題は、別な機会でお話しするとしまして、この若い人材のコミュニケーション能力を生かして塾経営することは、両刃の剣であることに大手塾は目をつぶってきたのです。
家庭教師先の生徒から聞いた話ですが、最近は公立の学校でも先生に対して敬語を使わず、タメ口・敬称略は当たり前のようです。私の中学・高校時代はそんなことはまずあり得ないことでした。
ただし、先生が何段階も上の存在で、教え方の上手下手を問わず近寄りがたい存在であることには不満がありました。さて、塾ではどうかというと20年ほど前から先生が若いこともあって、生徒目線で話をするようになり、生徒たちもタメ口でコミュニケーションをとることが当たり前になってきています。
つまり、「近い存在=よい先生」という発想です。ここ30年間で、集団の中の自分をとらえることより、個性を重視する風潮が広がったことにも関係はあるとは思います。ところで、年配の先生が若いふりをするとの若い先生が若くふるまうのはどっちが楽かというと……、愚問です。後者に決まっています。
若い先生(講師)は、地で接することが生徒にとってよいことと強く認識しているのです。塾の経営者サイドも、若さを美徳とのみ考えて、野放しにするのです。
昔から塾業界にはこんなたとえがあります。
- わかりやすくて面白い先生
- わかりやすくて面白くない先生
- わかりずらくて面白い先生
- わかりずらくて面白くない先生
※中学生に1~4に順番を付けさせるとすると、生徒受けする順は?
→1がよくて、4が悪いのは当たり前ですが、正解は1>3>2>4の順です。面白さは、わかりやすさに優先するのです。若い先生は3のタイプであればいいわけなのです。高校生の場合は、さすがに大学進学がかかるので、1>2>3>4となるそうですが……。
私たちの世代が20代のころは、学校を含めた先生が高い位置にいる存在であることを認識しつつ、生徒とコミュニケーションをとってきた世代です。しかし、今の20代の講師は、生徒と先生が同目線なことを当たり前に考える、いわば未成熟の世代といってよいでしょう。
恋愛感情や人間関係において、中学生とほぼ同次元にしか発想できない者も多いのです。そのような講師に対して、塾経営サイドは、あの京都府の事件までまったくといってよいほど人間教育をしてこなかったのです。冒頭の不祥事は、まさに人間教育の欠如が生み出した結果でないでしょうか?
無論、私たちの世代にも一部恥ずかしい不祥事を起こすものがいるので、若い世代ばかりを非難できませんが、あまりにも学生アルバイトや若い講師の不祥事は多すぎます。
ある塾の経営者は「これからの北海道を託す人材を輩出するために、塾を創業した。」と言っているそうですが、自社の社員やアルバイトに対する人間教育ができないのであれば、どんなにチラシ広告に立派なことを書いても、心には響きません。
指導法だけしっかりしていればと考える塾は、パソコン指導ソフトの開発に走ったり、DVD指導塾と提携して、ますます講師教育を軽視するのではないでしょうか。
前回謎かけした「塵も積もれば山となる」小問題は、大本をたどると、若さのみに頼った指導者としての資質無視の講師投入体制に、大問題があるのです。はっきり言います!講師研修は、教科指導スキルより、人として小中学生の模範となる講師を育成する方向に転換してほしい。
人材管理能力のない塾が北海道の塾業界のリーダーシップを執るのは間違っています。それが出来なければ、いずれ道内大手塾は衰退していくでしょう。